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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)537号 判決 1985年3月22日

控訴人

安生秀夫

控訴人

星チヱ

控訴人

安生俊夫

控訴人

山元スミ

右四名訴訟代理人

鎌田正紹

青柳孝夫

被控訴人

安生シゲ

右訴訟代理人

横堀晃夫

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

差戻前及び差戻後の控訴審並びに上告審の訴訟費用は全部控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の申立て

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人らに対し、

(一) 別紙物件目録(一)記載の建物について、被控訴人のためなされた宇都宮地方法務局鹿沼出張所昭和二五年一一月一三日受付第九八六号所有権登(ママ)記を、

(二) 同目録(二)記載1、3、17ないし19、21、23ないし28の各土地について、被控訴人のためなされた同出張所同日受付第九八一号所有権取得登記を、

(三) 同目録(二)記載4ないし11の各土地について、被控訴人のためなされた同出張所同日受付第九八二号所有権取得登記を、

(四) 同目録(二)記載12ないし14の各土地について、被控訴人のためなされた同出張所同日受付第九八三号所有権取得登記を、

(五) 同目録(二)記載16、22の各土地について、被控訴人のためなされた同出張所同日受付第九八四号所有権取得登記を、

(六) 同目録(二)記載2、15の各土地について、被控訴人のためなされた円出張所同日受付第九八五号所有権取得登記を、

(七) 同目録(二)記載20の土地について、被控訴人のためなされた同出張所昭和二七年一月二一日受付第五四号所有権取得登記を、

それぞれ控訴人ら及び被控訴人の持分各五分の一の共有登記に更正する登記手続をせよ。(右は、原審における請求の趣旨を訂正したもの)

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一項と同旨

第二  当事者の主張

一  控訴人らの請求原因

1  別紙物件目録(一)記載の建物、同目録(二)記載1ないし14、24ないし28の各土地及び同目録(三)記載(1)ないし(9)の各土地は、亡安生善一郎(以下「亡善一郎」という。)の所有であつた。

2  亡善一郎は昭和二三年二月二六日死亡し、同人の相続人は、先妻タカとの間の子である訴外安生芳郎、同安生榮作、同安生三雄、同鈴木ミヨ、同野沢ミヱ、同中島イヱ及び同安生キミの七名と、後妻キワ(既に死亡)との間の子である控訴人ら四名との合計一一名であつたところ、控訴人ら及び芳郎を除くその余の訴外人六名はすべて相続放棄をした。

3  芳郎は昭和二五年一月一日に死亡し、その妻である被控訴人が相続により芳郎に属する一切の権利義務を承継した。

4  その後、土地改良法による換地処分により、別紙物件目録(三)記載(1)ないし(8)の各土地は昭和四六年一二月六日それぞれ同目録(二)記載15ないし22の各土地に、同目録(三)記載(9)の土地は昭和五一年一〇月三〇日同目録(二)記載23の土地になつた(以下右目録(三)記載(1)ないし(9)の土地につき、上記新表示によつて示す。)。

5  別紙物件目録(一)記載の建物及び同目録(二)記載の各土地(これらをあわせて以下「本件不動産」という。)について、被控訴人のため第一、一、2の(一)ないし(七)のとおりの各登記が経由されている。

6  よつて、控訴人らは被控訴人に対し、本件不動産に対する各五分の一の共有持分権に基づき、前項の各登記を控訴人ら及び被控訴人の持分各五分の一の共有登記に更正する登記手続をするよう求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否

すべて認める。

三  被控訴人の抗弁

1  控訴人らは、亡善一郎の相続について相続放棄をしたから、本件不動産につき共有持分権を有しない。

すなわち、亡善一郎の四九日の法要の際、長男である芳郎が病身の榮作及び未成年で母も既に死亡していた控訴人らを扶養することとし、亡善一郎の遺産をすべて単独相続することに相続人間の協議がまとまり、三雄が控訴人らの後見人に就職し、控訴人らを代理して相続放棄の手続をとることになつた。そして、三雄は、昭和二三年四月二七日宇都宮家事審判所(現宇都宮家庭裁判所、以下同じ)の審判(以下「本件選任審判」という。)により控訴人らの後見人に選任され、これに就職し、同年五月一一日同家事審判所に対し、後見人として控訴人らを代理し、控訴人らが亡善一郎の相続を放棄する旨の申述書を提出し、同日右各申述(以下「本件各申述」という。)はいずれも受理された。

2  控訴人らの本訴請求は相続回復請求にほかならないところ、三雄は、昭和二三年四月二七日控訴人らの後見人に選任され、就職した当時、控訴人らが亡善一郎の相続から排除されていることを知つたものであるから、右就職の時から五年の経過により控訴人らの相続回復請求権は時効消滅した。

3  仮に右が理由がないとしても、三雄は、昭和二六年二月一日宇都宮家庭裁判所において、控訴人らの後見人として、控訴人らと被控訴人間の財産分与調停事件に関与し、実質的には亡善一郎の遺産を一部控訴人らにも分与する旨の調停を成立させており、遅くとも右の時点においては控訴人らが亡善一郎の相続から排除されていることを知つたものであるから、その時から五年の経過により控訴人らの相続回復請求権は時効消滅した。

四  抗弁に対する控訴人らの認否及び主張

1  認否

(一) 抗弁1のうち、亡善一郎の死亡当時控訴人らが未成年でその母が既に死亡していたこと、昭和二三年四月二七日宇都宮家事審判所において本件選任審判がなされたこと、同年五月一一日同家事審判所に控訴人らの後見人としての三雄名義で相続放棄の申述書が提出され、同日本件各申述が受理されたことは認めるが、その余は争う。

(二) 抗弁2は争う。

(三) 抗弁3のうち、昭和二六年二月一日控訴人らと被控訴人間に被控訴人主張の調停が成立したことは認めるが、その余は争う。

2  主張

(一) 本件後見人選任の申立ては三雄の名を冒用してなされたものであり、三雄は控訴人らの後見人に選任されることについて全く関与も承諾もしておらず、右選任手続は無効であり、本件各申述も偽造の書面によりなされた、何ら三雄の意思に基づかない無効のものである。

なお、三雄は、前記調停事件の手続中にはじめて自己が控訴人らの後見人として戸籍に記載されていることを知つたが、当時同人は後見人の意義、職務内容について知識、理解がなかつたものであり、同人が控訴人らの後見人としての認識のもとに行動したことは全くない。したがつて、被控訴人の後記五1の主張は失当である。

(二) 後見人の職務の重要性にかんがみ、その選任審判手続にあたり、家庭裁判所は後見人となるべき者の意見を聴かなければならず(家事審判規則八三条)、審判は後見人に告知することによりその効力を生ずるものとされている。しかるに、本件において三雄は後見人選任手続に全く関与していないから、本件選任審判はその手続に重大な瑕疵があるものとして無効である。

また、家庭裁判所は、相続放棄の申述を受理するにあたり、形式的のみならず、放棄の実体的要件を審査しなければならず、申述が真意に基づくことについてはとりわけ慎重な審査をなすべきものであり、申述者本人ないしその法定代理人を調査、審問することを要するものと解される。本件各申述は、被相続人の後妻の子である控訴人らの後見人として先妻の子である三雄がこれを行つていることからみても、紛争が当然予想される事案であり、しかも申述書中申述者の住所に訂正がされており、申述書の成立の真正を疑わせる外形があつたのに、申述書の提出と同日に受理がなされ、前記のような慎重な審査は全く行われていない。このように、本件各申述の受理はその手続に重大な瑕疵があるから無効である。

(三) 三雄が控訴人らの後見人としてした控訴人らの各相続放棄は、後見人と被後見人との利益相反行為として、無権代理行為にあたり無効である。

仮にそうでないとしても、三雄は控訴人ら四人のための後見人であり、その一人についてする相続放棄は他の被後見人との間に互いに利益が相反する行為であり、三雄がした各相続放棄は控訴人ら全員につき無効である。

(四) 仮に、以上の主張が認められないとしても、右各相続放棄は、もつぱら芳郎にのみ亡善一郎の遺産を取得させようとし、控訴人らの利益を著しく害するものであるから、後見人としての権限を濫用したものであり、公序良俗に違反し無効である。

五  控訴人らの右主張に対する被控訴人の認否、反論

1  控訴人らの右主張(一)について

仮に、本件後見人選任の申立て及び本件各申述が三雄の意思に基づかないものであつたとしても、三雄は、三3記載の財産分与調停事件において控訴人らの後見人として調停期日に出頭しており、その際はじめて自己が後見人に選任されていることを知つたものであるにせよ、調停成立時までに本件選任審判の無効を主張することも後見人を辞任することもなく、職務を行つたのであるから、新たな申立て及び申述があつたものとして、又は無効行為の転換があつたものとみて、本件選任審判及び本件各申述は有効となるものと解すべきである。

2  同(二)について

後見人は、正当な事由があるときにその任務を辞することはできても、選任そのものを拒否することはできないのであり、家事審判規則八三条は、後見人となるべき者の意見を選任にあたつての資料とするための手続を定めたものにすぎず、この手続を経なかつたとしても、それは後見人選任審判を無効ならしめるような瑕疵にあたらない。

3  同(三)について

共同相続人の一人が他の共同相続人の全部又は一部の者を後見している場合において、後見人が被後見人を代理してする相続の放棄は、必ずしも常に利益相反行為にあたるとはいえず、後見人がまず自らの相続の放棄をしたのちに被後見人全員を代理してその相続の放棄をしたときはもとより、後見人自らの相続の放棄と被後見人全員を代理してするその相続の放棄が同時にされたときもまた、後見人と被後見人との間、被後見人相互間のいずれにおいても、利益相反行為になるとはいえないものと解すべきである。本件において、後見人である三雄と被後見人である控訴人らは、いずれも昭和二三年五月一一日同時に相続放棄の申述をし、同日受理されたのであるから、控訴人らの各相続放棄が利益相反行為として無効となるいわれはない。

4  同(四)は争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、被控訴人主張の抗弁1について判断する。

1  亡善一郎の死亡当時控訴人らが未成年でその母が既に死亡していたこと、昭和二三年四月二七日宇都宮家事審判所において三雄を控訴人らの後見人に選任する旨の本件選任審判がなされたこと、同年五月一一日同家事審判所に控訴人らの後見人としての三雄名義で相続放棄の申述書が提出され、同日本件各申述が受理されたこと、以上の事実も当事者間に争いがない。

2  <証拠>並びに弁論の全趣旨をあわせれば、以下の事実を認めることができる。

亡善一郎の死亡した昭和二三年二月二六日当時、同人と先妻タカとの間の子芳郎ら七名はいずれも成年に達していたが、後妻キワとの間の子である控訴人らはいずれも未成年で、控訴人秀夫一五歳、同チヱ一一歳、同スミ九歳、同俊夫七歳であつた。長男芳郎は宇都宮高等農林学校を卒業後当時福島県で警察官をし、三男三雄は北海道大学を卒業後三菱電機株式会社に勤務し東京で生活しており、ミヨ、ミヱ、イヱ、キミの四名はいずれも高等女学校を卒業し、キミ以外の者は既に他に嫁いでいた。しかし、次男榮作は心身の病いのため実家(現在の被控訴人肩書居宅)に残つていた。

右のような相続人らの状況に加えて、当時は共同相続を定めた改正民法相続編が施行された直後であり、地方の旧家で農業、林業を生業としていた安生家の相続人らの間には旧法時代の家督相続の観念がそのまま残つていたこともあり、亡善一郎死亡後の四九日の法要の席上、芳郎、三雄、ミヨ、ミヱ、イヱが話し合つた結果、芳郎の希望に従い、長男である同人がその妻の被控訴人と共に実家に帰つて家業を継承し、亡善一郎の遺産である田畑、山林、宅地等をすべて単独で相続することとし、控訴人らを含む他の相続人らはそれぞれ相続を放棄すること、その代わりに芳郎夫婦が控訴人らを養育し、榮作及びキミの生活の面倒をみることに協議がまとまり、三雄、ミヨ、ミヱ、イヱは必要書類に押印するなどしたうえ、それぞれ相続放棄の手続を芳郎に委ねた。そしてその際、三雄は、未成年で母のいない控訴人らに代わつて自己が相続放棄の申述をすることを了解のうえ、そのために必要な手続をとることをもあわせて芳郎に一任した。

そこで、芳郎は、右授権に基づき司法書士小山田某に対し、三雄を控訴人らの後見人に選任することを求める三雄名義の申立書を宇都宮家事審判所に提出するよう依頼し、該申立てに基づき同年四月二七日同家事審判所において三雄を控訴人らの後見人に選任する旨の本件選任審判がなされ、右審判書正本がそのころ申立書に三雄の住所として記載されていた前記実家宛に郵送されることによりその告知を了した。そこで芳郎は、前記司法書士に再び依頼し、同司法書士の手で同年五月一一日後見人三雄名義の控訴人らの各相続放棄申述書(甲第七号証の一ないし四)が同家事審判所に提出され、同日本件各申述は受理された。一方、芳郎は、前記法要のころ榮作、キミの了解も得て、同司法書士に自己を除く成年者の相続人六名(榮作、三雄、ミヨ、ミヱ、イヱ、キミ)の各相続放棄申述書の提出方を依頼し、右各申述書も控訴人らの分と同時に前記同日である同月一一日同家事審判所に提出され、即日受理された。

ところが、その後芳郎が昭和二五年一月一日死亡し、同人と被控訴人との間の子(六名)は全員相続放棄の手続をとつたので、被控訴人が単独で芳郎の財産を相続し、同年一一月一三日別紙物件目録(一)記載の建物、同目録(二)記載の各土地(ただし、20の土地を除く。)について被控訴人名義の登記を経由し、次いで、昭和二七年一月二一日に同目録(二)記載20の土地についても右同様の登記を経由した。

以上のとおり認められ、<以下、証拠判断略>。

3  右に認定した事実によれば、三雄名義でなされた同人を控訴人らの後見人に選任するよう求める前記申立ては三雄の意思に基づくものであつて、該申立てに基づき同人を後見人に選任した本件選任審判は適法に効力を生じたものであり、後見人三雄名義でなされた控訴人らが相続を放棄する旨の本件各申述も、後見人である三雄の意思に基づく有効なものであつて、有効に受理されたと認めるのが相当である。<証拠>によれば、三雄がその後控訴人らの身上監護等について後見人本来の職務を十分に行つたとは必ずしも言い難いことが認められるが、このことは、本件選任審判の効力を何ら左右するものではない。

控訴人らの事実欄第二、四、2、(二)の主張については、本件選任審判及び本件各申述受理の各手続において、後見人に選任されることにつき三雄の意見を殊更に聴取することがなく、あるいは相続放棄についての三雄の真意を確認するために調査、審問等による格別の審査が行われなかつたとしても、これらは、前認定にかかる三雄の控訴人らとの身分関係及びその経歴並びに前記法要時における協議内容に徴し、たかだか右各手続について当、不当の問題を生じさせるにすぎないのみならず、先に判示のように、前記後見人選任申立て及び本件各申述が三雄の意思に基づくものであると認められる以上、本件選任審判及び本件各申述受理を無効とする事由にはあたらないものと解すべきである。

4  次に、控訴人らの事実欄第二、四、2、(三)の主張について検討する。

なるほど、共同相続人の一部の者が相続の放棄をすると、その相続に関しては、その者は初めから相続人とならなかつたものとみなされ、その結果として相続分の増加する相続人が生ずることになるから、相続の放棄をする者とこれによつて相続分が増加する者とは利益が相反する関係にあることが明らかである。しかしながら、共同相続人の一人が他の共同相続人の全部又は一部の者を後見している場合において、後見人が被後見人を代理してする相続の放棄は、必ずしも常に利益相反行為にあたるとはいえず、後見人がまず自らの相続の放棄をしたのちに被後見人全員を代理してその相続の放棄をしたときはもとより、後見人自らの相続の放棄と被後見人全員を代理してするその相続の放棄が同時にされたと認められるときもまた、その行為の客観的性質からみて、後見人と被後見人との間においても、被後見人相互間においても、利益相反行為になるとはいえないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記2に認定したとおり、後見人である三雄と被後見人である控訴人らは、いずれも昭和二三年五月一一日同時に相続放棄の各申述書を宇都宮家事審判所に提出し、同日右各申述が受理されたのであるから、三雄が後見人として控訴人らを代理してした各相続放棄をもつて利益相反行為にあたるとしてその効力を生じないものとすることはできないものというべきである。

よつて、控訴人らの前記主張は採用することができない。

5  更に、控訴人らの事実欄第二、四、2、(四)の主張については、前記2に認定した控訴人らの各相続放棄がなされた経緯に照らすと、右各相続放棄がそのなされた時点において控訴人らの利益を害するものであつたとは一概に断定しがたいというべきであるし、また、たとえ控訴人らの利益を害するものであつたとしても、そのことにより後見人の責任問題を生ずることのあるのは格別、右各相続放棄が直ちに公序良俗に違反するものとまでは認めがたいというべきであるから、右主張も採用することができない。

6  以上の次第であつて、亡善一郎の相続について控訴人らは有効に相続放棄をしたものというべきであり、被控訴人主張の抗弁1は理由がある。

三そうすると、本件不動産について相続による共有持分権を有することを前提とする控訴人らの本訴各請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも失当として棄却すべきものであり、これと同旨の原判決は相当であつて本件各控訴は理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条後段、九五条本文、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(鈴木 潔 仙田富士夫 河本誠之)

物件目録(一)、(二)、(三)<省略>

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